ショーン・タン 著
岸本佐知子 訳
河出書房新社
2012
book, 2012/06
ショーン・タンさんの絵本です。これをショーンさん自身が映像化した作品がアカデミー賞短編アニメーション賞を受賞してます。そのDVDのパッケージも担当させていただいていますが、まずはこちらを。
お話は、主人公が奇妙な迷子の生き物と出会います。赤くてすごく大きいのに、なぜかその存在が他の誰にも気づかれない迷子の帰る場所を一緒に探しはじめるが…というものです。
訳者の岸本さんがあとがきで「〈帰るべき場所〉〈帰属〉というテーマをつねに追い求めるショーン・タンの原点」と書かれていますが、まさにここでの迷子とは「居場所がないもの」です。
ちなみによくパーティーなんかで「居場所がない存在」になる私ですが、以下、個人的見解とネタバレを含みますので、買って読んでみたいと思ってる方は読まない方がいいです。
ショーンさんの「居場所がない存在」への眼差しはつねに優しいんですが、同時にそういう存在に目を向けず、無視をしたままでいる「社会」への視線には厳しいものが含まれています。
主人公の少年は最初「ちいさな善意」から迷子を家に連れて行き、ペットを探している人がいないかどうか新聞を見ていて、国家の管理局が出している「不明なものを保管します」という広告に行きつきます。しかしある人物から、そこは「捨て去り、はじめからなかったことにする場所」だから迷子のためを思うならここを目指しなさいと「記号」を渡されます。そして最終的に「記号」をたよりに迷子が「帰属」できる場所へ辿り着けるのですが、ここからが問題です。
この少年は「ちいさな善意」から出発して、自分がいま所属している「社会」とは別の価値観を有する「居場所がないもの」も「帰属」できる世界を垣間見ることができたにも拘らず、その意味が分からないまま最終的には自分も次第にいまいる社会に順応し、組み込まれていきます。
ここにはある集団に所属している「個人」に対する批評(批判ではないですよ。)があると私は思います。そして集団に所属していない「個人」などないだろうことも同時に思います。さらにそういう「個人」が「社会」を形成しているだろうことも。
16日の選挙を目前にして、福島を「なかったこと」にして話を進めようとしている方々がいるようですが、この先がどうなるかは我々「個人」の意思によるんじゃないかと、13日に記しておきます。